9月29日(木) 雨

古物の話

祝い籠、広島で使われていた籠だと思う

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ずいぶん前に「あるくみるきく」という冊子の、竹と藁編で広島の祝い籠を見た。
この冊子は、民俗学者の宮本常一が所長でいた日本観光文化研究所が昭和42年から昭和63年まで発刊したもので、「日本観光文化研究所(観文研)」は近畿日本ツーリストの社内組織だった。

そこで宮本常一さんから籠や笊を集めて歩いてみんかと言われたのが、工藤員功さんだった。

暮らしの中の竹と藁より
(著-工藤員功 監修-宮本常一・高松圭吉・米山俊直 編-日本観光文化研究所 )
『 —  民具の収集に情熱を傾けられていた先生の頭の中には、急速に失われていく竹細工やわら細工を少しでも多く収集し、保存する必要を痛切に感じておられたからでもあったと思う。民具の減少は竹細工やわら細工に限ったことではなく、織物にしても陶磁器にしても、刃物にしても、木器にしてもすべてがそうであったが、宮本先生はそれらについても竹細工やわら細工同様に考えておられ、それなりの手を打っておられた。私の仲間たちがそれぞれテーマを与えられ、歩いていたのである。そしてたまたま、といっては少々語弊があるが、正直なところやはりたまたま竹細工と藁細工の収集テーマが私にまわってきたのであった。 – 』

工藤さんがうちを訪ねてみえたのが昭和64年、別府の竹訓練校を卒業して東京に住んでいた時だった。自分の中には全くなかった民俗、そこから籠を見てみるという事の芽生えでもあったかと思うが、芽吹くまでに20年くらいかかった。その年月が必要だったというか。

今でこそ、道具として無駄を省かれ作られた籠の潔よさに惚れ惚れし、正反対なような細かな技巧を駆使した装飾系の編組品にも惹かれる。
そのどちらも自分の中では同じで、籠って美しいなと思えるまでに20年を要したのだと思う。
でもまあ民俗と言うには勉強していないのでてんで口はばったく、まだまだ使えるという籠を使ってくれる人へ渡す機関みたいに古物も取り扱っておるのでした。選ぶ視点は作る側からです。

前置き長くなりました。

祝い籠
祝い事に、鯛などの魚を入れる籠

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これの珍しいのは、木の箱におさめるんですね

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木箱は欅
空いたところに酒でもいれたろうかと想像します

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こうした四角の籠を通称で角物と呼びます
縁の造作、くるくると籐で巻いているのは竹の小口が見えないように隠すための技法で「芯巻き」といいます。
この蓋の場合は、祝いごとでもあり意匠かなという気もします。

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こちらは、納まる所に納まりました祝い籠
右の籠は上記祝い籠と同じ職人の仕事じゃないんかなーと、伝わる風合いから勝手にそう思っている
ほんと潔い籠

日本観光文化研究所も時代とともに終わり、工藤さんが全国を歩いて集めた編組品は武蔵野美術大学民族資料室へと移ったそうです。