1月6日(金) はれ

遠方より友が来たので木曽観光をしました。
雪を味わいたかったらしいのですが、今のところ暖冬、雪なし。

どこに行こうかと考えて、奈良井宿に行った。
数年ぶりに歩く宿場は整備されて店舗も増え、新しい建物も景観を損なわないように木造にし外壁もこげ茶色にまとめられていた。
何よりここは漆器があるから、ただ宿場町の観光というより、ピンがあって面白いと思う。
今回は行かなかったけれども、暮らしを支える仕事であった漆がベースだろうかしら、奈良井歴史民俗資料館が又面白いの。

そこから上松町の赤沢休養林へと南下、
宿場町から一転、あるがままの自然。

まずは「五枚修羅」
初めて冬に来た
寒いの寒くないのって、ものすご寒い

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大正時代以前、森林鉄道が通る前は、赤沢方面の山奥で伐った木はこの川を流して運んだのです。
修羅というのは、伐った木を沢から谷へ搬出する時などに使われた木製の装置の名称で、一枚二枚と数える。

倒された木が、木曽川の支流である小川に落とされ流される
木曽川へと向かうその途中にあるのが「五枚修羅」です

川を流れる巨木が岩にあたって破損したり大破しないように、人力で岩を平らに削った様が、五枚の修羅に似ていたことからそう名付けられたそうです。
難所だったのでしょうね。

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春に木を倒し寝かせる
秋にその木を、支流の小川に落とす
そして水の少なくなる冬、年末までに小川を流して木曽川本流の合流点に集められる

大正5年に森林鉄道が竣工されるまで川を流していたから、それ以前となると今よりずっと気温は低かっただろうなと思って
-20℃近くだったんじゃないだろうか
筏に乗って、巨木を誘導するのは命がけだっただろうと想像します
こうした一連の運び方を「木曽式伐木運材法」と言いました

ところで、熊谷守一さんは付知で日用(ひよう)という、材木を山から出して川流しをする人夫の仕事をしていた時期があったとご本人の著作で読んだような記憶がうすらと。どの本だったか忘れました。

それから、五枚修羅を後にして山奥へと車で15分走り、「赤沢自然休養林」に到着

誰もね、いませんでした

トイレに行ったんですけども

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手は、洗わずに帰りました。

2017’ 本年もご贔屓のほど、何卒よろしくお願いいたします。
ギャラリー 蝸牛